退官まえ、新しいクラスの学生の顔と名まえを一致させるという作業に苦労させられたものです。
かつては、二、三回授業に出れば、名まえと顔はすぐに一致しましたが、退官が近づいてくる年齢になると、かつてのようにパッパッと覚えることはできなくなってしまいました。
そこで私が採用したのは、カメラを使っての記憶術です。
まず、学生一人ひとりの顔写真を撮り、その一枚、一枚の裏側に当人の名まえを書き込み、それを繰り返し、繰り返し見て、名まえを覚えるという方法です。
このアイディアは効果てきめんで、すぐに名まえと顔を覚えられました。
記憶力の衰えを恥ずかしいことと思って学生たちに隠すよりも、「すまないが、写真を写させてくれないか」と、はっきり伝えて顔写真を撮らせてもらったほうが、よほど効率的に講義を進めることができると考えたからです。
若いビジネスマンが、電子手帳を使用している姿をよく見かけますが、これなど、中高年にとっては、衰えた記憶力を補ってくれる強力な助っ人になってくれるはずです。
ほかの人の住所、電話番号や誕生日など、自分が忘れてしまいそうなことを、ことごとくこの電子手帳に入力しておけば、苦労して思い出す必要もいらなくなります。
とくにスケジュールを入力しておくと、予定の時間のすこしまえになれば、機械のほうがピッピッピッと合図してくれ、自分ではうっかり忘れてしまっていたスケジュールでも、電子手帳が思い出させてくれるというしだいです。
40歳を越えて感じはじめる記憶力の衰えを認めず、若いころと同じ感覚で対応しようとするのは、ムダな抵抗というものです。
いくらがんばってもしょせんは、十代、20代の記憶力が盛んなころとはくらべものになりません。
下手をすると、「こう物忘れがひどくては、もうダメだ」「オレはもうボケてきたのか」などと、落ち込むきっかけともなりかねません。
自分の頭に頼ることをやめ、方法を切りかえるほうが、はるかに得策というものです。